家庭訪問を通して感じる教育方法のあり方

怒濤の四月が終わりを迎えようとしている今日,ようやく全ての家庭訪問が終了しました。この一ヶ月の勤務は精神的にもハードな日々が続いてきました。次々と課される仕事に四苦八苦しながら,慣れない中で行う取り組みのハードさを痛感しました。しかしながら,色んな事が見えてきた一ヶ月でもありました。やはり同僚に支えられてきたものだと感謝申し上げます。

 

自分のクラスの生徒の家庭訪問が終了したのですが,どこの家庭でも「学力に対する心配話」を聞きました。

 

ちゃんと勉強しているのか。

うちの子どもは理解できているのか。

やる気が見えない。

授業がわかっていない。

家での学習ができていない。

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取り上げる話題として,あえてそう言っている部分もあるのかもしれません。が,教師として生徒の学力を伸長させていくことは責務ですし,学習の習慣化がなされるような促しをすることが必要だと思います。その手立てをいかに組織として取り組むかが学校・教師集団に求められるということを話を聞きながら思います。

 

ただ,保護者の要求に明確な答えを用意できないことに違和感を感じる自分も確かです。教育システムが確立されている,そのシステムを売りにしている校種もある一方で,公教育のあり方として,その曖昧性があるからこそ自由に動けるということもまた事実だと思います。

 

生徒の力を育成していくには偏向した捉えではなく,学際的に,柔軟に検討していくことが必要だと思います。生徒の力を育成するための手立てを幾つも実践し,生徒の成長を認めていきながら,今後出会っていく生徒の核心に迫れるよう努力していかなければと思う,家庭訪問の最終日@誰もいない職員室にて。