EDUCATORとしての前進を

先日,来年の全英連に向けた地域部会の研究検討会に参加をさせて頂きました。私としては地域としてどのように取り組みの成果を出そうとしているのか,その過程を知っておくことが必ず生かされる時が来ると考えています。ただ成果(良し悪しはさておいて)だけを知るだけではなく,先生方がどのような思いや考えを持ち実践に取り組んだのか,今ある生徒をどのように変えようとしているのか,その手立てをどのように捉えようとしているのか,結果として生徒がどのように変容したのか,実践をする上では何が障壁として立ちはだかったのか,どのように克服するための道筋を立て取り組んできたのか,などなど私が捉えておくべき視点は挙げれば際限がありません。

 

検討会では広島大学の樫葉みつ子先生を助言者としてお迎えしご助言を頂きました。樫葉先生は中学校での勤務経験から現場に勤める教員の視点を的確に押さえ,実践を構築していく上で指針となる指導に対する考えを展開して下さいました。私が大きく学んだことは以下の点です。

 

教育方法学の視点から英語教育を捉え,生徒に目標を達成させるためにマクロ,ミクロの視点からブレることなく物事を突き詰めようと熟考する。

 

英語ができる生徒を育成していくには,生徒を育て上げていくことが必要である。生徒は初めから「勝手に」学びを進めていく訳ではない。教師の促しや後押しを受けながら,「勝手に」出来るようになっていく。

 

他にも色々と考えるところ,学んだところはあるのですが,広い言葉でまとめるならば,「教育活動って本当に学際的・複合因子によって成り立つものだ」と再確認しました。であるからこそ柔軟な視点でもって生徒を捉える必要がありますし,偏向的な思考では生徒に共鳴せずに「生徒が話を聞かない」などと終始する結果になりかねないと思います。

 

樫葉先生も仰っていましたが,「知識を教えて終わり」ではなく,「生徒の力をどのように見取り,適切な支援をしていくのか」が英語教師に(も)必要であると感じました。

 

日曜日に映画を見てきました。「KANO〜1931海の向こうの甲子園〜」です。日本統治時代の台湾における野球を通した物語です。はっきり申し上げまして,DVDが出たら絶対購入しよう,と思える作品です。幾分脚色はあろうと思いますが,「大変」感動しました。生徒を「何もできないところから,共に苦しみ,感動を分かち合いながら指導者として育成していく」ところに(映画とは言えど)大変心打たれました。

 


《KANO》六分鐘故事預告- YouTube

 


映画『KANO~1931海の向こうの甲子園~』予告編 - YouTube

久しぶりに感動作品に出会えて心震えています。

研究検討会でもKANOでも共通するキーワードはEDUCATORという言葉になりそうです。いまここで一番含意しておきたいことは,一人ひとりの力を引き出すために各生徒の側に立ちながら適切な支援を行える者になりたい,ということです。

心震えているだけで終わっては何のこともありませんので(笑)

陳腐な言葉ですが、一つひとつクリアしていきたいと思います。


【KANO 電影主題曲】/ 勇者的浪漫(官方全曲MV) -中孝介、Rake、范逸臣、舒 ...